アマチュア読者の備忘録

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出口治明 『「都市」の世界史』

 

グローバル時代の必須教養 「都市」の世界史

グローバル時代の必須教養 「都市」の世界史

  • 作者:出口 治明
  • 発売日: 2017/03/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 いまから約1万2000~3000年前に人間は農耕を始め、現代の家族に似た形で、農地の近くに生活するようになった。この頃の狩猟採集、農耕牧畜いずれも大集団の人間が一ヶ所に集まって生きる都市を必要とはしなかった。都市が生まれてくるのは、余剰が出るくらいの農産物が生産され、それを私有財産とする人々の登場を待たなければならなかった。いまから5500年くらい前、メソポタミア南部のシュメール都市群でのことである。

富や権力を持つ人々は、自分の余剰生産物が盗まれない場所で生活する必要がある。そのため、自分が持っている地域を城壁で囲い、その中で財産管理をして過ごすようになる。生産者とは離れて住み、それまでになかった違いが生まれたのだ。違いは階級のある社会をつくり、貧富の差を生んだ。そして、生活に余裕を持つ階級は知的活動の産物でもある文明を生むようになった。本書を読むまで考えたこともなかったが、都市の歴史を知ることは文明の歴史を知ることでもあるのだ。

第1章のイスタンブルから始まり、デリー、カイロ、サマルカンド、北京、ニューヨーク、ロンドン、パリ、ベルリン、ローマと海外旅行の候補に挙がる、世界遺産が多くある都市ばかりだが、その歴史を知ることで訪れたときのおもしろさは倍増するだろう。もちろん、旅行から帰ってきた後に知ることで思い出に深みが増すこともあるはずだ。旅行に興味がない人でも、世界の主要都市の歴史を知ることで日々のニュースから読み取れることが増えるだろう。なにしろ都市の歴史は文明の歴史であり、世界中で注目を浴び続けるグローバルリーダーのほとんどはこのことを頭に入れたうえで発言しているのだから。

稀代の読書家である著者が、時間の流れに沿って、わかりやすい言葉で各都市を説明する本書。ご本人の言葉では「タテヨコ思考」と呼んでいる、時間軸と空間軸を自在に使って語られる内容は絶句するほどである。生命保険会社に30年以上勤めた後、還暦でネット生命保険会社を立ち上げ、別府にあるAPUの学長をされていることだけでも、そのすごさの片鱗がわかる。膨大なインプットと質の高いアウトプットがどういうものなのかは本書を読めばよくわかるだろう。

佐藤健太郎 『世界史を変えた新素材』

世界史を変えた新素材 (新潮選書)

世界史を変えた新素材 (新潮選書)

 

 私たちは日々の生活の中でモノに囲まれている。デジタルな世界が侵食しつつあるが、実体をともなう素材がなければ生きていくことはできない。人間が文明社会を築き上げてきた数千年のあいだ、歴史に残る新発見や革新的技術によって、われわれは新たな素材を手に入れ、世の中を変えてきた。

本書はサイエンスライターである著者が、世に大きな変化を与えてきた材料の中から12種類を選び、それらが歴史をどのように変え、人々を魅了したのかを紹介する。金、陶磁器、コラーゲン、鉄、紙など現代では気にも留めない素材によって、人間の生活がいかに豊かで便利になったかは本書を読めば明らかになるだろう。

化学や歴史に興味がある人はおもしろく読めるのはもちろん、化学になじみがない人にも理解できるように難しい化学式を使うことなく、材料の登場や当時の歴史的背景、関連知識を交えて書かれている。たとえば、近代的なサッカーが生まれたのは1863年のことだが、この時代には良質のゴムが普及し、ゴム製ボールが大量生産可能になったことにより統一的なルールで大規模な球技大会が可能になり、競技の普及と発展を促した。ゴムがヨーロッパにもたらされたのはコロンブスが活躍した15世紀のことだが、その当時は冬には固くなり、夏には溶けてベタベタになる代物だった。扱いやすいゴムが開発されるようになってはじめて、多くの人がゴムのボールを使ってサッカーを楽しめるようになったのだ。

材料という言葉は、「物質のうち、人間の生活に直接役立つもの」と定義されている。これからは人間だけでなく、AIが材料を創る時代が来るという。どのようなイノベーションが新材料を生むのかを考えるうえでも、歴史を大きく変えた材料について知ることは意味のあることだろう。

呉座勇一 『陰謀の日本中世史』

 

 

陰謀の日本中世史 (角川新書)

陰謀の日本中世史 (角川新書)

 

 

 痛快な一冊である。本書は武士の世の幕開けを告げた保元の乱平治の乱鎌倉幕府の歴史、応仁の乱本能寺の変関ヶ原の戦いなど、日本中世史の中でも有名な出来事をとりあげ、歴史家である著者がそれぞれに付いてまわる陰謀論を歴史書を丹念に読み込んで批評する。

巷間いわれるように、勝者が歴史をつくってきたということは、しばしば後世の研究結果と軍記物(吾妻鏡太平記、応仁記など)の内容が正反対であることからも良くわかる。本書では著者の文献調査と軍記物で描かれるストーリーを順を追って比較し考察していく。軍記物や歴史小説が必ずしも事実を反映しているわけではないことが、これで理解できるはずだ。

著者曰く、根拠のない陰謀論には、特定の個人・集団の筋書き通りに歴史が動いていく、事件によって最大の利益を得たものが真犯人である、単純明快でわかりやすいといった特徴があるという。なんだかミステリーによくある考え方のような気がするが、大衆に受け入れられやすい話の特徴ともいえるかもしれない。

本書を通じて、一部の歴史小説家や在野の歴史研究家が説く根拠薄弱な陰謀論を一刀両断するさまは、読んでいて笑いが込み上げてくるほどである。同時に、限られた文献から確からしさを追究する著者の姿勢からは学ぶことが多い。事実にもとづき、論理的に考えることの大切さは本書を読めばわかるだろう。

蛇足になるが、著者の代表作といえば、11年にもわたる大乱をまとめあげた「応仁の乱」である。通説である足利義政正室である日野富子、義政の弟の足利義視を交えた後継者争いではなく、細川・畠山両管領家の主導権争いに畠山家内紛が加わったことが大乱のきっかけであったというのが印象的だった。通説が何を根拠に導き出されたのかを考えさせられる一冊である。

 

応仁の乱 - 戦国時代を生んだ大乱 (中公新書)

応仁の乱 - 戦国時代を生んだ大乱 (中公新書)

 

春山行夫 『紅茶の文化史』

 

紅茶の文化史 (平凡社ライブラリー)

紅茶の文化史 (平凡社ライブラリー)

 

 最近、喫茶店でイングリッシュ・ブレックファスト・ティーをケーキとともに口にした。食べ物によく合う味だと感じたが、メーカーによって独自のブレンドがあり、紅茶好きには違いがよくわかるのだろう。紅茶は茶葉だけでなく、ティーカップによっても味わいが変わるというのだから奥が深い。ヨーロッパの貴族たちは、紅茶をおいしく味わうためにティーカップの材質を粘土にしたり銀にしたりするよう、お抱えの職人に要求してきた。彼らがパトロンとなって職人の工房や生活を支えていたのだから、本気度は並外れている。

本書は紅茶がヨーロッパをはじめとして、世界中にどのように拡がっていったのかを著者が文献を手がかりにして描いていく文化史である。紅茶を各国の歴史と関連させるだけでなく、陶磁器やその絵付についても言及があるため、紅茶に関連する道具についても学ぶことができる。

紅茶といえばイギリスのイメージが強いが、当初はオランダが茶葉の輸入を独占していた。中国の茶がヨーロッパに輸入された経緯が序盤に記されている。オランダ船が中国に進出し、中国のお茶を最初にマカオで買い付けたのは1610年で、これがヨーロッパに茶が運ばれた最初の公式記録とされている。それまでにも中国で茶が飲まれている風習は航海士やイエズス会の宣教師によって伝えられていたが、商取引としては成立していなかったようだ。このときは紅茶ではなく緑茶であった。ヨーロッパでは最初に緑茶が嗜好品として楽しまれていたのだ。初期には茶が健康に及ぼす影響について、医学者の間で大論争があったようだが、気づけば「茶は健康に良い」という意見が大勢を占めた。こういった流れは、新しく輸入された他の食料品にも当てはまりそうだ。ちなみにイギリスに紅茶が輸入されたのは、アモイで茶を買い付けるようになった17世紀後半である。

ヨーロッパに紅茶が伝わってから、市民の手が届くところまで価格が下がるようになると、イギリスの紅茶好きは本格化し、18世紀後半になると消費量はオランダを抜きヨーロッパで一番となった。

紅茶をヨーロッパで流行させた人物として、1706年にイギリスで最も古い茶の会社を創立したトーマス・トワイニング(1675-1741)や、コンビニに行けば必ず目にする「リプトン」の生みの親トーマス・リプトン(1851-1931)、中国の茶樹や製茶の技術をヨーロッパに伝えたロバート・フォーチュン(1812-1880)、国王御用の陶器師であり「クリーム焼」を開発したジョサイア・ウェッジウッド(1730-1795)の伝記も織り込まれており、紅茶への親近感がさらに湧く。

紅茶好きが引き起こした大事件にもふれている。アメリカのボストンで、茶への課税に反対したアメリカ人がロンドンから送られてきた茶342箱をボストン湾に投げ捨てた「ボストン茶会事件」はアメリカがイギリスから独立する原因の一つになった。

日本で紅茶が飲まれるようになったのは明治時代以降であり、ヨーロッパより200年以上遅れている。鎖国をしていた時代に、ヨーロッパでは新しい嗜好品である紅茶が人々の生活を変えていたのだ。本書を読むと紅茶にまつわる歴史や風習が頭に入り、紅茶の味わいも深くなるかもしれない。

なお、ロバート・フォーチュンの人生を追った作品として、「紅茶スパイ」が挙げられる。彼の中国での奮闘ぶりが伝わってくる良書である。

 

紅茶スパイ―英国人プラントハンター中国をゆく

紅茶スパイ―英国人プラントハンター中国をゆく

 

 

ギヨーム・ド・ベルティエ・ド・ソヴィニー 『フランス史』

 

フランス史 (講談社選書メチエ)

フランス史 (講談社選書メチエ)

 

 日本人が思い浮かべるフランスの歴史といえば、フランス革命ジャンヌ・ダルク宗教改革、あるいは第二次大戦中のヴィシー政権やドゴール政権あたりかもしれない。本書はフランス人の歴史家である著者が一冊で通読可能なことを目指して書かれたフランス史である。

フランスと呼ばれる国が歴史の舞台に現われるのは、ローマ帝国の時代である。当時はゴール(ガリア)と呼ばれ、長い時間を経てフランキア、つまりフランク族の国とみなされるようになる。その後、国家フランスの歴史が始まるのはシャルルマーニュの帝国が843年に分割されてからであるが、本書は国家となる前の国とその地に住む人の歴史も考慮し、紀元前2万年ごろと推定されるラスコーの洞窟壁画が残る南フランスの河川流域地帯からはじまり、1996年のフランス大統領フランソワ・ミッテランの死までを描く。

素人が読むに堪えない専門用語が飛び交うことなく、わかりやすい言葉で表現されており、フランスの歴史になじみのない人でも内容を理解できる(少なくともわかった気にさせてくれる)一冊である。著者の文体と翻訳者が生んだ賜物である。600ページ以上ある大著だが、ページを繰る手は止まらず、気づけば読み終わっていた。

日本の歴史が朝鮮や中国とのつながりを抜きにして語れないように、フランスという国・国家の歴史は陸続きの隣国や周辺のヨーロッパ諸国との度重なる外交や戦争を抜きにしては語れない。たとえば15世紀に現われた国民的な抵抗運動のシンボルであるジャンヌ・ダルクや、19世紀に皇帝ナポレオンが活躍していたとき、フランスとそれをとりまく強国がどのような関係を構築していたのかがわかると、その人物像は拡がり、深まりもする。

歴史は繰り返すというが、これは日本人の歴史に限ったことではない。「一見したところの新しさとは、多くの場合、ふたたび見いだされた過去にすぎない」という著者の言葉は、本書を読めば腑に落ちるであろう。

『統帥綱領・統帥参考』

 

統帥綱領・統帥参考 (1962年)

統帥綱領・統帥参考 (1962年)

 

 本書は2つの書物を併せたものである。ひとつは昭和3年(1928)に陸軍最高の機密に属し、特定の将校にだけ閲覧を許された文字通り門外不出の書である「統帥綱領」。もうひとつは昭和7年(1932)に陸軍大学校の学生に対する統帥教育の資料として、兵学の教官達が編んだ「統帥参考」である。そもそも統帥という言葉自体が見慣れないが、これは軍以上の大兵団を運用して敵に当たることをいう兵語である。

 

「統帥綱領」は約60ページ、「統帥参考」は約540ページと圧倒的に統帥参考の分量が多い。統帥参考は被統帥者として、戦争に従軍する者としての心構えや戦略・戦術に関する内容が多い。具体例として、孫氏やクラウゼヴィッツハンニバルのカンネの会戦、ナポレオンが指揮した戦争、日清・日露戦争第一次世界大戦など豊富な材料が扱われている。また、統帥権と議会の関係についても言及があり、統帥権の行使およびその結果に関しては議会に責任を負わず、議会はこれに関して弁明を求めたり批評し論難する権利を持たないと明記してあることが印象的だった。

 

統帥綱領は、統帥参考を凝縮したエッセンスが詰まっているとともに、陸海軍の共同作戦や連合軍として戦争に臨むうえでの注意点が記載されている。具体例には乏しいが、当時の優秀な将校達にとっては前提知識として割愛されていたのかもしれない。両者とも、「物質的進歩は軽視してはならないが、勝敗の主因は依然として精神的要素に存することは古来から変わっていない」という内容の記載があった。しかし、作戦計画の準備に十分時間をかけることや、不利な状況において退却せざるを得ない場合の退却目標や敵軍の追撃への配慮など、精神論中心の内容ではないことに驚いた。

 

「あの戦争での日本軍の戦い方は精神面を重視し過ぎていた」という評価は根強い。これまで何度もそのような言葉をメディアを通じて耳にしてきたし、それに異を唱えるつもりはない。しかし、その戦争に臨むにあたって、本書が軍事エリートにバイブルとして読まれていたことは寡聞にして知らなかった。第一次大戦後には、軍部内に柔軟な発想がまだ維持されていたということは大きな発見だった。

 

本書は漢字とカタカナの表記であり、現代に生きる我々には非常に読みづらい。しかし、時間はかかっても丹念に文字を追っていくことでしか味わえない重みが行間から伝わってくる。理解を深めたいならば、他の解説書を併読することをお勧めする。

 

マティアス・ゲルツァー 『ローマ政治家伝I カエサル』

 

ローマ政治家伝I カエサル

ローマ政治家伝I カエサル

 

ユリウス・カエサル(英語読みではジュリアス・シーザー)は紀元前100年7月13日に生まれ、紀元前44年3月15日にマルクス・ブルータスら側近によって暗殺された古代ローマの偉大な政治家である。

これだけ知っても何もおもしろくない。彼がどのような時代に生まれ、困難をともなう数多くの事業をいかにして成し遂げたのか。彼がローマ社会の中心に登りつめていくに従って、周囲の環境はどう変化していき、彼に影響を与えたのか。ユリウス・カエサルという人物についての知識が増えるほど、彼に対する魅力は高まる。もちろん彼の天文学的な借金をものともしない豪胆さや、「ガリア戦記」に代表される簡潔な文体にして読者を惹きつける文章構成を含めて。

本書は第一次世界大戦後に執筆されたといわれるカエサルの伝記であり、研究者も精読するほどの古典的な作品である。関連資料の徹底的な考察から得られる事実が時系列で構成されており、カエサルの歩んだ人生を順を追って辿ることができる。当時のローマの政治体制や貴族と市民の関係など、予備知識があることが望ましいが、どのような立場であっても一行ずつ読み進めることが求められるだろう。

本書はカエサルの伝記であるが、著者はカエサルだけでなく、彼と同時代に注目を集めたポンペイウスキケロの伝記も出版している。3人の伝記を併読することで、なぜカエサルが現代においても圧倒的な人気を博しているのかが浮き彫りとなるだろう。

本書は学術的な書物であるため、カエサルについてよく知らない読者には食指が動かないかもしれない。ローマ史については塩野七生の「ローマ人の物語」が非常におもしろい。ローマの通史だが、文学的表現を交えて書かれており、カエサルに焦点を当てた本もある。事実と塩野氏の主観が明確に識別できるようになっているだけでなく、素人にもわかるように丁寧に説明がなされているところが素晴らしい。

 

ローマ人の物語〈8〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(上) (新潮文庫)

ローマ人の物語〈8〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(上) (新潮文庫)

 

 

歴史がおぼろげながらもわかってくると、文学作品もおもしろくなる。シェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」はカエサル暗殺の首謀者達にスポットを当てており、歴史としては想像しにくい登場人物の感情が生き生きと描かれている。偉大な人物だけが歴史をつくるのではないのだということを思い知らされる。