アマチュア読者の備忘録

本が好きです。兵庫県神戸市で開催されている「なごやか読書会」によく参加しています。https://kobe-nagoyaka.wixsite.com/book

ウー・ミン 『アルタイ』

 

アルタイ

アルタイ

 

 人間は偶然に流されるまま、置かれた状況に適応しながら生きていく存在なのだろうか。本書を読んでそんなことを考えた。舞台は16世紀後半のヨーロッパとオスマントルコである。ヴェネツィアの諜報員だった主人公が上司に裏切られ、愛人にも裏切られてコンスタンティノープルへと何者かの導きによって逃げる。主人公はユダヤ人であり、キリスト教に改宗してヴェネツィアの諜報員として活動していた。しかし、ヴェネツィアの造船所が爆発される事件が発生し、敵対していたユダヤ勢力のスパイであると嫌疑をかけられたのだった。

到着したコンスタンティノープルで、正体を明かした何者かとともに、主人公はキプロス島ユダヤの王国を築くべく、オスマントルコ帝国皇帝のセリム二世や大宰相のソコルル・メフメト・パシャを説得する。キプロス島にはキリスト教勢力が根を張っており、領土を争って3つの宗教が交錯する戦争が勃発するが、これがきっかけとなって地中海でのオスマン帝国の脅威に対抗するべく、ローマ教皇ピウス五世がスペインのフェリペ二世を口説きおとして有名なレパントの海戦につながっていく。自分たちの国をつくりあげようと理想を掲げて行動を起こした主人公たちは、その試みが宗教的対立を含んだ血で血を洗う殺し合いを生み出し、関係のない膨大な数の人の命を犠牲にしていく状況に絶望していく。

主人公はユダヤ人の母とキリスト教徒の父の間に生まれ、幼少期はユダヤ人として、青年になってからはヴェネツィアキリスト教徒として生活していく。名前も複数持っている。運命なのか偶然なのかはそのときの社会に規定されてしまうが、自己責任というにはあまりに酷な境遇である。本書はフィクションではあるが、他にも多くの改宗者がさまざまな場面で登場し、アイデンティティーとは一体何なのかを考えさせられる。あたりまえのように考えていた、日本という島国で生まれ育った日本人のような存在は、むしろマイノリティーなのではないか。「事実は小説より奇なり」と言うが、本書に登場するような人々が現実にいるのだと考えると、自分の世界観がいかに狭いものであったかを思い知らされ、しばし言葉を失った。