入江曜子 『古代東アジアの女帝』
七世紀には日本列島だけでなく、朝鮮半島や中国の唐で女帝が次々と登場した。日本では、推古、皇極/斉明、持統だけでなく、中大兄の同父同母兄妹であり幻の女帝ともいわれる間人(はしひと)、壬申の乱や近江朝から浄御原朝への政治的変動に関係のある倭姫(やまとひめ)が本書に登場する。外に目を向けると、朝鮮半島の新羅で善徳や真徳、唐では中国史上ただ一人の女帝である武則天が輝きを放った。
学校の授業では聖徳太子の天才的な能力に心を奪われ、推古に関することはほとんど覚えていなかった。しかし、兵を結集して軍事的圧力はかけても干戈は交えないともいうべき信念が推古にみられることを知り、厩戸や蘇我馬子との関係やこの時代の歴史認識が大きく変わった。他国との争いを避け、国内の文化基盤をととのえた推古の思想は、その後にヤマト政権はおろか東アジア初の重祚、しかもそれを女帝として成し遂げた皇極/斉明にも受け継がれたように思える。
持統と武則天が同時代に活躍していたというのも興味深い。当時は現代のように瞬時に情報を得られる環境ではなかったが、外交や交易を通して、お互いに影響を受けていたのではないだろうか。もちろん、大国である唐が日本列島をどの程度気にしていたのかはわからないが。
男尊女卑から男女平等へとシフトしつつある現代では、歴史上でこれまで注目に欠けていた女性たちがこれから脚光を浴びることになるだろう。いつの時代にも強い女性はいるのである。
人物の評価は、その時代の社会システムがもつ価値基準に大きく左右されるのが常である。しかしどのような状況であれ、著者が述べているように、「古代のロマンという幻想から解き放たれないと、歴史の面白さはみえてこない」し、文献がかぎられていようと「事実は何か。それだけを考えて」という意識が、歴史に関わる者のもつべき信念なのだ。