アマチュア読者の備忘録

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上田信 『貨幣の条件 タカラガイの文明史』

 

貨幣の条件: タカラガイの文明史 (筑摩選書)

貨幣の条件: タカラガイの文明史 (筑摩選書)

  • 作者:上田 信
  • 発売日: 2016/02/15
  • メディア: 単行本
 

 わたしたちは貨幣に振り回されている。通貨の量や為替レートは物価に大きな影響を与え、日々の生活に直結する関心事である。最近では仮想通貨も取り沙汰され、わたしたちは新たな種類の貨幣をどのように扱うべきか迫られている。

本書では、そのような貨幣の本質を捉えるために「貝」が取り上げられる。そう、主に海に生息して食卓にも上るあれである。貨、財、貸、賃などなど、経済活動に関係する漢字には貝が含まれている。その貝の中でも、タカラガイ(またの名を子安貝)は古来さまざまな地域や民族のあいだで重宝され、利用されてきた。

著者曰く、タカラガイが貨幣として用いられるためには、希少性と均一性がバランスをとっていなければならない。希少性が高ければその価値は上がり、均一だと個数を数えるのが容易である。タイやモルディブ琉球など海に面した地域では均一なタカラガイが大量に採取されるが、中国の雲南省など内陸に入り込むほど希少価値は高まる。均一なタカラガイは、希少性の程度に応じて儀式を華やかにいろどる飾り、ゲームの駒などから始まり、入手が難しくなるにつれて価値が上がる。日常的な売買に使用される貝貨をはじめ、賠償や寺院への寄付に用いる貝貨、晴れ着の装飾品、お守りなど多様な使われ方をする。アフリカで黒人奴隷を獲得してプランテーションに供給するための道具ともなる。さらには呪物として、わずかな量のタカラガイが使われる。生贄という漢字にも貝が入っていることを考えると納得してしまうのはわたしだけだろうか。

さらに、持続性も貨幣の条件となる。貨幣となるモノが将来にわたって供給される見通しが立たなくなれば、そのモノは貨幣であることを止める。持続性は、貨幣を支えるシステムに対する信用とも言い変えられる。

中国の明では、1620年代まで確かに流通していた貝貨がその後まもなく価値が暴落し、1680年代に入るとタカラガイはもはや貨幣として使用されることはなくなる。銀一両あたりのタカラガイの数量は、1524年で7,200個であったのが1647年で56,000個になり、タカラガイ1枚の価値が約1/8になってしまった。タカラガイは銅銭に取って替わられたのだ。さらに、明朝では琉球タカラガイの供給地として位置づけられたため、琉球の海辺のタカラガイは17世紀前半ともなると掘り尽くされてしまった。持続性はこのように失われることもある。

歴史を追いながら、タカラガイを通じて貨幣だけでなく文明や文化の理解が深まる一冊である。煩わしい言葉を使わずに平易な表現で書かれているところも素晴らしい。