アマチュア読者の備忘録

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『瞬間の記憶力』

瞬間の記憶力 (PHP新書)

瞬間の記憶力 (PHP新書)

 

小倉百人一首は、飛鳥時代から鎌倉時代までの優れた和歌百首を集めた歌集である。藤原定家が十の勅撰集から選定し、現代ではコンピレーションアルバムと言えるかもしれない。四季折々の情景や恋愛模様など、雅な世界に浸ることができる。かるたに親しんだ方には馴染みのある道楽であろう。

 

が、競技かるたは違う。100枚の中から選んだ50枚を取り合う壮絶な戦いである。一瞬の速さが明暗を分け、手と手が接触して指の靭帯を損傷してしまったり、ひどいときには骨折してしまうという。試合を勝ち抜くためには百首の歌をすべて暗記し、上の句が読まれたらすぐに下の句を頭に浮かべ、その札の位置を瞬時に判断しなければならない。札を取りに行く動きも、無駄をそぎ落とした身体の使い方が必要になる。また、勝負事であるため、優勢でも劣勢でも心を平静に保つことが大切である。まさに心技体が競技かるたの真髄なのである。漫画「ちはやふる」がヒットし、競技かるた人口や認知度も上がっている。

 

著者は、中学3年生で2005年第49期クイーン位決定戦に 史上最年少で優勝し、2013年には9連覇を達成している。競技かるた素人の父親と二人三脚で練習に励み、型にはまらないスタイルで、対戦相手は研究するのが難しいようだ。クイーンという地位を維持するのは、精神的にタフでなければ不可能である。著者は相手に振り回されることなく、自分基準でものごとを考える習慣を試行錯誤の中で体得している。本書には、様々な状況下でも心の平静を保つ術が満載である。例えば、競技かるたでは札を払った際に、どちらが先に取ったのか判断がつかない場合があり、選手同士の話し合いで優劣が決まる。自らの言い分を主張しても話が揉めてしまった場合、著者はそこに執着しすぎず、「次は相手を黙らせるくらい速く取ってやる!」と潔く引き下がるという。勝ち続けるためには、目先のことにこだわり過ぎず、全体を通して勝てればよいという一種の余裕にも似た長期的視野が重要なのだろう。

 

著者は小学校3年生でかるたを始めたが、幼稚園から書道、公文式、ピアノ、英会話、水泳と習い事のオンパレードだったそうだ。習い事はすべてかるたにつながっていると著者は言うが、成長してそう思える人格が備わるかどうかは周りの環境に左右されるはずである。シーナ・アイエンガーの「選択の科学」がベストセラーになったが、人はあるがままの状態でいるとき、自分の選択の自由度が、自分にとって最適な水準にあると考える傾向があるようだ。子を持つ親の立場からすれば、どのように子供を育てるのかは悩みの種であろう。本書はそれについてのヒントも提示してくれるかもしれない。

 

 

選択の科学

選択の科学