アマチュア読者の備忘録

本が好きです。兵庫県神戸市で開催されている「なごやか読書会」によく参加しています。https://kobe-nagoyaka.wixsite.com/book

『統帥綱領・統帥参考』

 

統帥綱領・統帥参考 (1962年)

統帥綱領・統帥参考 (1962年)

 

 本書は2つの書物を併せたものである。ひとつは昭和3年(1928)に陸軍最高の機密に属し、特定の将校にだけ閲覧を許された文字通り門外不出の書である「統帥綱領」。もうひとつは昭和7年(1932)に陸軍大学校の学生に対する統帥教育の資料として、兵学の教官達が編んだ「統帥参考」である。そもそも統帥という言葉自体が見慣れないが、これは軍以上の大兵団を運用して敵に当たることをいう兵語である。

 

「統帥綱領」は約60ページ、「統帥参考」は約540ページと圧倒的に統帥参考の分量が多い。統帥参考は被統帥者として、戦争に従軍する者としての心構えや戦略・戦術に関する内容が多い。具体例として、孫氏やクラウゼヴィッツハンニバルのカンネの会戦、ナポレオンが指揮した戦争、日清・日露戦争第一次世界大戦など豊富な材料が扱われている。また、統帥権と議会の関係についても言及があり、統帥権の行使およびその結果に関しては議会に責任を負わず、議会はこれに関して弁明を求めたり批評し論難する権利を持たないと明記してあることが印象的だった。

 

統帥綱領は、統帥参考を凝縮したエッセンスが詰まっているとともに、陸海軍の共同作戦や連合軍として戦争に臨むうえでの注意点が記載されている。具体例には乏しいが、当時の優秀な将校達にとっては前提知識として割愛されていたのかもしれない。両者とも、「物質的進歩は軽視してはならないが、勝敗の主因は依然として精神的要素に存することは古来から変わっていない」という内容の記載があった。しかし、作戦計画の準備に十分時間をかけることや、不利な状況において退却せざるを得ない場合の退却目標や敵軍の追撃への配慮など、精神論中心の内容ではないことに驚いた。

 

「あの戦争での日本軍の戦い方は精神面を重視し過ぎていた」という評価は根強い。これまで何度もそのような言葉をメディアを通じて耳にしてきたし、それに異を唱えるつもりはない。しかし、その戦争に臨むにあたって、本書が軍事エリートにバイブルとして読まれていたことは寡聞にして知らなかった。第一次大戦後には、軍部内に柔軟な発想がまだ維持されていたということは大きな発見だった。

 

本書は漢字とカタカナの表記であり、現代に生きる我々には非常に読みづらい。しかし、時間はかかっても丹念に文字を追っていくことでしか味わえない重みが行間から伝わってくる。理解を深めたいならば、他の解説書を併読することをお勧めする。